Londonのスクランブル交差点
渋谷をまねて作られましたが 何せこちらでは全くのなじみの無い方式
多くの人が相変わらず縦 横 と直角に横断しています ナナメに横断する人の数は少ないです
青に変わりました
その後に・・・・・!
短いようで意外と早足でしたら充分にナナメに渡りきれる
長さで目安が出来ると案外と便利
時間の目安を表示しないと慣れない人たちがのんびりと
渡るからでしょうか?
それとも こちらの人々は車が居ないとなるとすかさず信号無視が当たり前なので
それも危ないと設置されたのか・・・
最近のOxford Streetにはこんな人力車が一杯走っています
意外と利用する人は多い様子 バスに乗るよりはちょっと早いかも・・・かな

ここのところ英語に関する愚痴は控えてきましたが、最近、心のそこから大嫌いなフレイズ、と言うか厳密に言うと、そのような表現を使う人々の意識の問題によるものだと考えますが、があります。それは、「Are you sure?」。
往来で場所や建物の所在を尋ねられたとします。幸か不幸かロンドンの中心地の地下鉄網であるとか、バス路線の効率の良い乗り継ぎを知ってしまっているので、なるべく答えるようにしています。で、答えます。「そこに行きたいのであれば、何番のバスに乗れば乗り換えなしで目的地にいけますよ」、と。すると質問者の反応は、
「Are you sure?」
「最近、この返答が多いな」、と気づき始めたころは、周りに信頼できる人がいないに違いない可哀相な人なのだろうからいちいち気にしないように、と自分をだましてきました。が、最近ではあまりにも多くて。ちなみに、これ、外国人観光客だけではありません。イギリス人のほうが多用しているくらいです。善意を踏みにじられていると言う大げさな気持ちではありません。質問して返ってきた答えに、感謝を伝える前に全く思考をせずに自動的に「Are you sure?」と言うその態度が大嫌いなんです。なので、最近では、
「Are you sure?」(Sureを強調します)
「If I am not sure, I am not telling you」、と静かに且つ冷徹な口調で切り捨てます。言ってあげなければ判らないですから。で、大方はここで「しまった」と言う表情で引き下がるのですが、中には、
「Don't take it personally」、と切り返してくるのがいるので(だいたいアラブ系)、そのようなときには、
「Because you take it personally, why should I not take it personally?」、と。特にイラン系やイラク系(勝手な思い込みですけど)は、失礼にもほどがありますが「お前何人だ?」と迫ってきますので、絶対に答えません。
ええ、大人げないなとは思います。でも、本当に腹が立つんです。先日もこんなことがありました。ケンジントンのオープン・カフェで友人(イギリス人)とあっていたときのこと。外のテイブルに座っていました。ベイビー・バギーを押した、60半ばくらいに見える白人女性がふと僕たちのところで止まり、「Excuse me」も「sorry to bother you」も何もなくいきなり、「このあたりは、コンジェスチョン・チャージ(混雑税)は払うのかしら?」と質問してきました。僕は全く知らないので、「知らないよ」と即座に。そこで、ローカルの友人が答えました。で、見た目ミドル・クラスのご婦人は即座に、「Are you sure?」。
一瞬、友人と僕は「またか」と言った感じであたかも、「どっちが答える?」と言った視線を交わしたあと友人は、「Madam, you ask me and I answer you. No argument, please」。
不安に思う気持ちはわかります。でも、尋ねられることの大半は、事前に自分たちで調べられるべきこと。自分の不手際や不安に他者をいとも簡単に巻き込むことで自分の責任をなかったものにし、他者にその責を負わせて不快な思いをさせると言うのは世界共通なんでしょうか。でも、日本で道を尋ねられて、日本語で「それは確かですか?」、とは返ってこないと思うのですが。
閑話休題。数年前、ロンドンで知り合った日本人の友人がいます。大学院を終了し、帰国して教育現場に身を置いても、毎夏、ロンドンで英語を磨き続けています。今年の夏も研修の合間に短時間でしたけどあうことができました。
友人が教鞭をとるのは、いわゆる進学校ではない高校。その高校での英語教育の内容を、即座には信じられませんでした。ひとしきり話を聞いたあと、「僕たちの世代って、中学で関係代名詞を習わされましたよね?英語の発音記号、中学で覚えさせられましたよね?記憶を美化していませんよね?」。
ゆとり教育の弊害で、授業の内容はスカスカ。その反省と反動で、これから再び英語の授業が増やされるらしいとか。では、そのゆとり教育で、学ぶ機会を奪われた皆さんはどうなるんでしょうか?
僕は受験が厳しくなってきた時代に育った世代。日本にいたころ、あの受験英語が自分の人生にどれほどの意味があるのかなんて、考えたことなかったです。でも、今、あれがあったからこそここで生き抜けて行ける、と感じます。競争で負けるのが可哀相だからと言う理由で英語教育を受ける機会を奪うより、有無を言わせず叩き込んだ英語を使える機会を増やすことが重要なのではないかなと思います。英語は素晴らしいと言う気は全くないですが、悲しいかな、英語が廃れる気配がないのも事実だと考えます。
友人のもうひとつの指摘も、個人的に賛同します。曰く、「(英語の)語学留学を考えている日本人は、イギリスに来る前に可能であればプロフィシエンシィ・レヴェルまで到達しておいたほうが精神的に楽だと思う」、とのこと。
これ、うなずけます。なぜなら、たとえば、英語の能力が同じアドヴァンス・レヴェルだとして、さらに日本人がちょっとだけ優れているとしても、非英語圏のEU諸国から来ている外国人学生は、彼らが間違っているはずがないという態度を絶対に崩さないので、自信を持って「君の英語のほうが間違っている」といえるくらいでないと、楽しくないのではないかなと思います。欧州語圏から来る学生の多くは、英語と同じ、またはほぼ似たようなアルファベットを共有しているという驕りがあるのだと思いますが、英語の発音を英語の発音として学んでいないことが多いようです。たとえばスペイン語圏の人だと英語の「Z」の発音を直そうという意志はないように思えますし、また英語固有と思われる「th」の発音ができない、もしくは発音が違うことを知らないラテン語圏の人は多いです。個人的に、イタリア人の英語は、まともに聞いていると、まるで首を掴まれて頭をグワングワン揺さぶられている気分になります。
翻って、日本人は良かれ悪しかれですけど、英語のアルファベットの影響から遠い言葉を使う民族。学ぶプロセスと、学びを活かす方法が確立されれば、素晴らしい英語使い、外国語使いの国民になれるのではないかと。
8月の終わりに、別の友人からとても興味深い話を聞きました。友人は、日本のある高等教育部門で、日本語を学ぶ外国人にどのように日本語を教えるかということに長く携わっています。どの段階に達しているのかは聞き忘れましたが、友人によると、現在、EUの各国内でばらばらの英語検定試験の基準を統一させるという動きがあるのだそうです。僕はそのような統一基準がない事実に驚きました。
友人からはさらに、「言葉や言語に興味があるのなら、これからPlurilingualism(複言語主義)と言う言葉を覚えておいてもいいと思う」、とのことでした。
いつまでたっても英語によるコミュニケイションがままならない、僕自身の足掻きぶりと思って読んでいただければ幸いです。
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聞こえてくる声は 暑い 暑い
日本はまだ残暑厳しい初秋の様ですね
只今パリですが、朝夕は軽いJKやストールが心地よく感じられます
こんな写真で涼を感じとって頂けたら・・・・
以前NY→Londonの飛行機から撮ったものです
sakuragaokaさん の描かれる心のうち 脳内のイメージ そんな雰囲気をその時に連想した私でした
いつも淡々と・・有る時は哲学的な・・・ブログで興味深いですよ 心が休まります
ただ、暮らしていて、これといって理由が無いにもかかわらず足が遠のく、もしくは今すぐに行かなくてもいつか行けるだろうと思ってしまうのが、主に大昔の創業年を誇るような老舗。で、観光客だったときも含めて、フォトナム本体には何度も、というか一時期は入り浸っていたことがあったにもかかわらず、これまでまったく試したことが無かったフォートナム・アンド・メイスン内のファウンテン・レストランに行ってきました。

(実際はもっと薄暗かったです。右上に見えるのが、メザニンのレストラン)
ある友人が携わっている国際人道チャリティ団体のファンド・レイジングの催しが、ピカデリー・サーカスにある教会の、普段は一般に公開されていない中庭であるというので行ってきました。開催場所は素晴らしかったのですが、催しの段取りが壊滅的なお粗末さで、会場でばったり会った別の友人(イギリス人)と早々に退場しました。ジャミン・ストリートをグリーン・パーク方面に向かって歩いていると、いやでもファウンテン・レストランが視界に入ってきます。ちょうど夕食時、お互いに、「入ったことある?」、「無い」とのこともあり、また価格も目が飛び出るほどではなかったので、お試し気分で入りました。
レストラン内の装飾、雰囲気は僕には、「そうそう、観光でロンドンに滞在していたとき、こんな雰囲気のレストランばかりを探していたよな」と思わず懐かしい気分に浸ってしまったほど、イングリッシュ。確か、数年前に新装されたはずなので古びたとかかび臭いとかのネガティヴなものではありません。
一番奥のコーナーでは、我が家でのように食事を楽しんでいる皆さんがいる。ダイニングの真ん中では、小さなお子さん連れの家族が、家族団らんという感じですごしている。音楽がかかっていなかったので、半分くらいの入りのレストランのあちらこちらから聞こえてくる軽やかな笑い声はとても心地よかったです。なんと言うか、イギリスのリゾート地にある老舗ホテルのメイン・ダイニングが夏の繁忙期が過ぎて宿泊客が減り、閑散とした中にも明るい寂しさをにじませている、そんな感じでした。一応、ほめているつもりです。
21世紀のロンドンだなと痛感したのは、給仕の皆さん。イギリス人が独りもいないのは仕方ないとしても、酷すぎ。乱暴とか、雑というのではなく、全員が「お客のことに注意を配らないように訓練されている」、としか思えませんでした。客が目配せで合図しようが、手を振ろうがまったく気づかない素振り。悪気でやっているなら文句の言いようもありますが、「給仕って、皿を持ってくることと下げることだけではないんだよ」、といったところから何かがずれているようでした。
友人はフォトナムのレストランがこの体たらくかとがっかりしていました。もちろん、マネジメントが真っ先に責められるべきですが、僕はこれが今のイギリスの基本なのかな、とも思います。なぜなら、あまりにも「多文化」化が過ぎて、たとえば「給仕」というシンプルとみなされる仕事でさえ、コモン・センスの共有ができないのではないか、と。
逆に、料理は大変素晴らしかったです。セット・メニューがとても平凡だったので、アラカルトで注文。もちろん、あまりにも突飛な注文は給仕の皆さんに一言尋ねてみたほうがいいでしょうけど、前菜、魚、肉と注文しなければならない、ということではないです。お金を払うのは客ですから。
友人は、フィッシュ・アンド・チップス(£18-)のみ。友人のハドックは、皿からはみ出るほど大きく、肉質もプリップリ。付け合せのマッシュ・ピーズは、新鮮な豆を茹でてつぶしたもの。
僕は、前菜から夏野菜のスープ(£6-)、「魚料理」からグリルド・サーディーン(£12-)。つまり、焼き鰯(と付け合せは、辛子ソースをからめたジャガイモ)。スープは目にも鮮やかな緑。それに、ソラマメの味をしたソラマメをイギリスで食べたのは初めてかも。鰯はどこで獲れたものかは判りませんが、懐かしい、日本の夕餉の味がしました。熱々の白いご飯と醤油がほしかった。
単品のデザートの値段はちょっと高い感じ(£6-、もしくは£7-)ですが、食前酒は、価格、質、量からするとバーゲンと思えるくらいお得でした(£3.50-)。
問題は、やっぱり給仕に行き着きます。これほど単純な食事にもかかわらず、客の入りも満員から程遠かったにもかかわらず、席についてから食事を終え、支払いを済ませるまでに約2時間。土曜日の夜で、僕たちは時間に追われていたわけではないので食事中には気になりませんでした。が、せっかちな人には向かないかもしれません。
ファウンテン・レストランは、月曜日から土曜日までは朝7時半から営業しているそうなので、機会があれば、フォトナムで食べるフル・イングリッシュ・ブレックファストも試してみたいものです。
メザニンのレストランに関しては、友人のレポをご参照ください。
http://fumiemve.exblog.jp/7859286/
友人の観察のとおり、こちらのほうがサーヴの質はいいと思います。
何が恐ろしいって、ここ、電器店がぎゅーぎゅー入った Sim Lim Town だとか、家具店がてんこ盛りに入った Furniture Mall だとか、何かと新生活に必要なものを売ってるところの最寄り駅なんだけど・・・
その最寄り駅の周りがぁぁぁ
ショッピングモールだらけ!
服やらオモチャやらメシやら~
トド子とわたくし
も・・・
目的地に
たどり着けないーーー!!(-■-;
障害物が多すぎて!
そんな訳である日また、用事で行ったはずのブギスでショッピングモールに吸い込まれて・・・
発見。
プリクラΣ(-。-
色々日本のものが入ってるシンガポール
プリクラもあるんだねー。
プリクラ見たのなんて何年振り?
ふふふ、トド子とラブラブ写真撮っちゃおうかな~(^m^
と言う訳で撮りました


Σ(-曲-;
今日撮ったのに
15年前の自分がいるっ!!
もうねー、40歳も近くなると、鏡を見るのが嫌になるのよねっ。
なんかもうやたらめったら顔に複雑な影ができてぇー
だってほうれい線とかゴルゴ線とか、その他訳の分からん線が刻まれちゃうからさ~~~!
プリクラってすごいわねっ
照明ビカビカに当てて、さらに露出もこれでもかと過多にするから
顔を縦横無尽に走りまくる影が

写真もさー、あー、やだやだって思って見る事が多いこの頃な訳じゃない~。
老けてくのはさー、まぁしょうがないって思うのよ。
若い頃、十分若さを謳歌したから、いいわよ、って思いながら暮らしてるんだけど~
思いがけなくつるんとした写真が撮れてうれしかったのよー。
アラフォーの同士のみなさん、
たまのプリクラ、気分のリフレッシュにお勧めです!!
・・・あ、でも、プリクラの機能って増えすぎてもう10年以上前からついて行けてないんだよね(^^;
トド子の好きなハート柄を選んだだけで精一杯でございました!だは。
友人知人の皆さん、そんな訳で、この写真はまったくの詐称ものですので
次回お会いする時は、真っ黒に日に焼けた月影先生がお目見えいたしますので、そこのところ、よろしくお願いします・・・。










